11.2. 遺伝子制御の理由と方法
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細胞の遺伝子は細胞分裂周期に伴って複製されるため、各々の体細胞は接合子と同一のDNAを保有している すべての体細胞はすべての遺伝子を保有している
同一の遺伝的情報を保有する細胞が異なる構造と機能を有する細胞へと変わっていくことができるとすれば、それは遺伝子の活性が制御されているため
この制御機構は、特定の細胞内で特定の遺伝子群の発現を「オン」にし、残りの遺伝子群の発現を「オフ」にしている
構造と機能が特殊化した細胞へと変化する
細胞の特殊化(分化)が起こる
分化した細胞の遺伝子発現パターン
遺伝情報が遺伝子からタンパク質へ移行する全過程
遺伝子発現の制御は、単細胞の接合子が多細胞生物へと成長していく過程で中心的な役割を果たす
胚の発生中に、細胞群の発生経路が次々と分岐し、各々の細胞群が特定の種類の組織となる https://gyazo.com/f90307bfe9b05875b6a09a7b781cdc97
解糖系を通じてエネルギーを供給する酵素などの「維持管理」酵素の遺伝子群は、すべての細胞で「オン」になっている 細胞の遺伝子発現制御
細菌の生育過程では、環境の変化に対応して遺伝子の発現を制御しなければならない
栄養成分が豊富なときには、栄養成分をゼロアラ作り上げるような資源の無駄遣いはしない
資源とエネルギーを節約できる細菌は、できない細菌に対して生存の上で有利
様々な栄養分の溶液中を泳いでいる
ミルクセーキを飲むと、大腸菌にとって突然ラクトースと呼ばれる糖が降ってくることになる 大腸菌はこの事態に反応してラクトースを菌体内に取り入れて代謝するために必要な3つの遺伝子を発現させる
ラクトースがなくなると、大腸菌はこれらの遺伝子の発現を「オフ」にして不要になった酵素を生産するのをやめる
ラクトースの有無がラクトースの代謝酵素をコードする遺伝子の活性に影響を与える機構
ラクトース代謝に関与する3つの遺伝子がDNA上に隣接していることが重要
これらの遺伝子の発現のオンオフが1つの単位として制御されている
関連した機能を有する一群の遺伝子は、制御配列を含めてオペロンと呼ばれる
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lacオペロンには、さまざまな原核生物遺伝子に広く適用できる遺伝子発現制御の原理が含まれている 図11.2の例ではラクトース代謝に必要な3つの遺伝子の転写を同時に制御する
プロモーターと酵素遺伝子の間のDNA配列
オペレーターへの特異的なタンパク質の結合により、下流の遺伝子の転写のオンオフを切り替えるスイッチとして働く
オペレーターとオペレーター結合タンパク質が共同して、プロモーター配列に結合したRNAポリメラーゼによる下流の遺伝子群の転写を開始させるかどうかを決定している
lacオペロンでは、オペレータースイッチがオンになるとラクトース代謝に必要なすべての酵素が一度に生産される
周囲にラクトースが存在しないとき
オペレーターに結合し、ポリメラーゼのプロモーターへの結合を物理的に阻止する
RNAポリメラーゼのプロモーターへの結合をを物理的に阻止しているため転写が停止している
周囲にラクトースが存在しないとき
ラクトースはリプレッサーに結合してリプレッサーの形態を変化させる
変形したリプレッサーはオペレーターに結合できなくなるため、オペレーターのスイッチはオンのままとなる
細菌からは多数のオペロンが同定されている
その中にはlacオペロンと非常によく似ているものもあるが、多少異なる制御機構をもつオペロンもある
たとえば、アミノ酸が環境中にすでに存在している場合は、アミノ酸の生合成を制御するオペロンが、そのアミノ酸を合成する酵素の生産を停止することにより、細胞の生物素材とエネルギーを節約する
この場合はアミノ酸がリプレッサーを活性化する
多様なオペロンを備えることにより、大腸菌などの細菌はめまぐるしく変化する環境の中で生き延びていくことができる
真核細胞の遺伝子発現制御
真核生物の細胞内で遺伝子の発現から活性を有するタンパク質の生産に至る経路は非常に長く、「オン」「オフ」または加速・減速などの制御を行う事ができるポイントが多数存在する
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通常のタンパク質については1つまたは2, 3個のポイントだけが重要と考えられている
DNA凝縮の制御
真核生物のDNAは付随するタンパク質への巻き付き方の強弱を反映して、真核生物の染色体の凝集度が強い時と弱いときが存在する
DNAが凝縮すると、RNAポリメラーゼおよび各種の転写タンパク質のDNAへの結合が妨げられることから、遺伝子の発現が抑制される傾向がある
細胞内では遺伝子が長期間不活性化される場合にDNAの凝縮がよく起こる
興味深い例として、哺乳動物の雌では各々の体細胞のX染色体の一方が高度に凝縮し、ほぼ完全に不活性化している
最初に起こるのは肺の発生初期であり、各々の細胞の2本のX染色体の1本が無作為に不活性化される
初期胚の細胞でひとたびX染色体の一方が不活性化されると、その子孫の細胞もすべて同じX染色体が不活性化される その結果、女性がX染色体上の遺伝子についてヘテロ接合体のとき、彼女の細胞の半分では一方の対立遺伝子が発現し、残りの半分の細胞ではもう1方の対立遺伝子が発現することになる https://gyazo.com/7f8d55087fb73180dd6c8c658be9bf35
転写開始
転写開始は、遺伝子の発現を制御する最も重要な段階
原核生物も真核生物も、制御タンパク質がDNAに結合することにより遺伝子の転写をオンオフする
原核生物の遺伝子と異なり、大部分の真核生物の遺伝子は個々にプロモーターなどの制御配列を持っている
真核生物の遺伝子はオペロンとして組織化されていない
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DNAとタンパク質の集合体がRNAポリメラーゼのプロモーターへの結合を誘導する
代謝経路の酵素のように関連する酵素をコードする遺伝子群は、特定のエンハンサー配列(または一群のエンハンサー配列)を共有することにより同時に活性化できるようになっている
抑制因子タンパク質が結合すると転写の開始が阻害されるDNA配列
活性化因子の作用はRNAポリメラーゼのプロモーターへの結合を容易にすること
通常の動物や植物の細胞にとっては、特殊化した細胞の構造と機能に必要とされる
ごく一部の遺伝子だけの発現を「オン」にして転写する必要があるので、抑制因子よりも活性化因子に用いる方が効率的
グルコース代謝などの日常活動に必要な「維持管理」遺伝子を除くと、多細胞の真核生物の大部分の遺伝子の「初期設定」は「オフ」であると考えられる RNAのプロセシングと分解
細胞は時として2通り以上のスプライシング様式を実行することにより、同一のRNA分子から異なる配列をもつmRNA分子を生成することがある
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生物は単一の遺伝子から2種類以上のポリペプチドを生産することができる 選択的RNAスプライシングはヒトでは非常によく起こり、1個の遺伝子に由来するRNA転写産物が7通りのmRNAへとスプライシングされる例もある
最終的な形態のmRNAが作製された後も、その「寿命」は数時間から数ヶ月まで大きな開きがある
mRNAが分解される時期の制御は、新たな発現制御の機会を提供している
すべてのmRNAは最終的には分解されてその成分がリサイクルされる
マイクロRNA
近年の研究により、細胞質でmRNA分子の相補的な配列と結合できるマイクロRNA(miRNA)とよばれる低分子量の1本鎖RNA分子の役割が認められるようになった miRNAの中には、標的mRNAと結合すると標的mRNAの分解の引き金となるものや、翻訳を阻害するものが見出されている
すべてのヒトの遺伝子の1/3はmiRNAが発現制御していると見積もられている
こうした発見は多種多様なRNA分子が遺伝子の発現制御に関わっていることを示唆している
翻訳開始
翻訳の過程はさらに遺伝子の発現制御の機会を提供している
翻訳に関与する分子の中には、多数の制御タンパク質が含まれている
たとえば赤血球細胞には、ヘモグロビンの機能に必須な鉄イオンを含む化学基であるヘムの供給が不足しているときには、ヘモグロビンmRNAの翻訳を阻害するタンパク質が含まれている タンパク質の活性化と分解
遺伝子の発現制御の最後の機会は翻訳の後にある
翻訳後にポリペプチドの中央領域が酵素により切断除去され、残りの2本の短いポリペプチド鎖が活性を持つインスリン分子を構成する
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翻訳後に実施される遺伝子の発現制御機構として、タンパク質の選択的な分解がある
細胞内で代謝の変化の引き金となるタンパク質は、数分または数時間のうちに分解される
この制御により、細胞は環境の変化に対応してタンパク質の種類と量を調整する事が可能となる
細胞のシグナル伝達
多細胞生物では発現制御が細胞の境界を越えて行われる
細胞はホルモンなどの化学物質を分泌し、他の細胞の遺伝子発現制御に影響を与える
シグナル伝達経路は一連の分子の反応であり、シグナル分子の情報を標的細胞内の特定の反応に変換する
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2. シグナル分子は標的細胞の細胞質膜に埋め込まれた特定の受容体タンパク質に結合する
3. シグナル分子の結合により、標的細胞内の一連の中継タンパク質から構成されるシグナル伝達経路が活性化する
各々の中継タンパク質は次の中継タンパク質を活性化する
4. シグナル伝達経路の最後の中継タンパク質が転写因子を活性化する
5. 活性化された転写因子は特定の遺伝子の転写を誘導する
6. mRNAの翻訳によりタンパク質が生産される
ホメオティック遺伝子
どの身体部品がどの身体部位で発生するかを決定する遺伝子群を制御するマスター制御遺伝子
例えば、ショウジョウバエの一群のホメオティック遺伝子は頭部および胸部の細胞にそれぞれ触覚と脚を形成するように指令する 特定のホメオティック遺伝子が発現していない部位では、別のホメオティック遺伝子が発現する
ホメオティック遺伝子に突然変異が起こると奇怪な結果が引き起こされる
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近年の生物学上の興味深い発見の一つは、類似したホメオティック遺伝子が、ほぼすべての真核細胞の胚発生を指令していること https://gyazo.com/1a9c50d11c74f492090545157ebb5c3b
ショウジョウバエとマウスという全く異なる2種類の動物について、ホメオティック遺伝子の染色体上の位置と発生上の役割が非常によく似ている
マウスとショウジョウバエの染色体には、両方の動物の対応する身体領域に相当するホメオティック遺伝子が同一の順序で並んでいる こうした類似性から、これらのホメオティック遺伝子が生命の歴史の非常に早い時期で発生し、10九年以上の動物の進化の中でほとんど変化セずに保存されてきたと考えられる
DNAマイクロアレイ : 遺伝子発現の可視化
スライドグラス上に数千個の1本鎖DNAを隙間なく整列した格子状に接着したもの
各々のDNA断片は特定の遺伝子から調製されたものであり、1個のマイクロアレイには数千個の遺伝子に由来するDNAが貼り付けられている
ある生物個体のすべての遺伝子を搭載したマイクロアレイも開発されている
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1. 研究師は特定の型の細胞の遺伝子から転写されているすべてのmRNAを採取する
このmRNAにレトロウイルス由来の逆転写酵素を混合する
2. 逆転写酵素は各々のmRNA配列に相補的なDNA鎖の合成を触媒する
こうして合成された蛍光標識cDNA群は、特定の細胞内で転写されたすべての遺伝子を表現したもの
3. 傾向標識されたcDNA群をマイクロアレイの各々の格子のDNA断片に加える
もしcDNA群中に、マイクロアレイの特定の格子のDNA断片と相補的な配列をもつcDNAがあれば、そのcDNAが結合して特定の格子に固定される
4. 結合しなかったcDNAを洗い流し、マイクロアレイ上に固定されたcDNAの蛍光を検出する
蛍光を発する格子のパターンにより、研究者は最初の細胞内で転写されていた遺伝子を決定することができる